2007年11月5日月曜日

状況対応リーダーシップが効果的な理由

S.L.主任研究員 桃井 庸介

  ポール・ハーシーは、スキルを職場や学校、家庭などの現実の活動の中で活用する技術、能力、知識と捉えていますが、現場で活用するには活用しやすいことが要求されます。そこで、ハーシー等はリーダー行動に最も関係のある(影響を及ぼす)フォロアーのレディネスと組み合わせたSLモデルを開発しました。



  リーダーシップを論じている論文の多くは、リーダーシップ・スタイルについての調査結果を分析し、まとめたものであり、活用の仕方について述べているものは少ないです。日本では、パフォーマンス(P)行動とメンテナンス(M)行動の2つの組み合わせでリーダーシップの型を論じた三隅二不二先生のPM理論が有名ですが、SLモデルがPM理論などの多くのリーダーシップ論と大きく異なるところは、どの状況でどのスタイル(どの事象のリーダー行動の組み合わせ)を使えば良いかが活用しやすいように示しているところです。そして、何よりシンプルで理解しやすく、使いやすいことが、最大の特長です。

  SLも指示的行動、協労的行動の2つの行動の組み合わせで4つの象限にリーダーシップ・スタイルをまとめ、診断表によりリーダー行動の傾向も診断しておりますが、タイプではなく、あくまでそのリーダーのリーダー行動の傾向を明確にすることで、リーダー行動の長所や改善点を見出すことを目的としています。

  ポール・ハーシーは、行動科学の展開(前出)で理論とモデルの違いを以下のように述べています。
   -理論は、なぜ物事がそのようになるのか、を説明しようとするものである。したがって、物事の再現や繰り返しを意図するものではない。他方、モデルは、既存の事象の生起のパターンを示すものであり。これは学習や再現、繰り返しが可能である。
  (中略)
状況対応リーダーシップは、モデルであって、理論ではない。状況対応リーダーシップの考え方、手順手続き、実際、結果などのすべてが、証明済みの、実際的で、適用可能な、方法論に裏付けられているのである。

  ポール・ハーシーは、その言葉通りに、状況対応リーダーシップ・モデルを多くの人が現実の活動の場で学習、再現、繰り返しが出来るように、リーダー行動について多くの具体例を、映像事例、文書事例で示し、SLシミュレーター、映像演習、ロールプレイ演習など、多くの行動化演習のツールも開発しています。また、レディネス・スケールなど、現実の職場で適合したリーダーシップ・スタイルをとるために効果的なツールも開発しています。

  ハーシーの行動化を重視した考え方は状況対応リーダーシップ・モデル研修のコンテンツ、進め方の随所に反映されています。こうしたことが、状況対応リーダーシップ・モデルが数あるリーダーシップ研修の中にあって、長い期間に亘り、各方面からご支持を賜り、多くの職場の管理者のリーダーシップスキル向上への貢献を実現しているのです。

2007年11月1日木曜日

レディネス3(R3)からレディネス2(R2)への退行はあるか?

S.L.主任研究員 桃井 庸介

 P.ハーシィは、退行サイクルでは、「まず意欲が低下し、少し遅れて能力が低下する」と行動科学の展開 新版(276ページ)で述べています。281ページの図では、意欲も能力も低下傾向だけで、意欲が途中で向上(つまりR2)することを示していません。そうしたことから、R3からさらに退行した場合は、R2ではなくR1へ一気に退行すると考えることで良いと思います。



 現実的にも、R3からR2への退行はイメージしにくいのではないでしょうか。R3からR1に一気に退行すると考えるのが自然だと思います。ただ、成長サイクルがR1 → R2 → R3 → R4となることから、退行サイクルもR4 → R3→ R2 →R1にこだわる参加者もいらっしゃるので、次のような解説を試みにするのはどうでしょうか。

 知識、経験も豊富でスキルも高いR4のフォロアーが、何等かの原因で仕事振りが低下した場合、知識、経験、スキルは保持したまま、意欲の低下により、発揮するスキル、パフォーマンスだけが低下します。この状況では、本人はまだやればできると思っていることでしょう。ただ、「やろうという気が起こらない、訳も分からず仕事の進捗が落ちている」「今日は気が乗らないから明日にしよう」が続いている状況も考えられます。

 R4のフォロアーは、すぐにR1にはならず、ほんの少しやる気が低下し、仕事の処理が少し遅くなる、あるいは、朝出社するのが少し遅くなる程度(つまりR3)ですが、時間の経過とともに目に余るようになる。つまり、仕事振りが目に余る程、低下(能力の低い状態)し、レディネスレベルはR2以下となってきます。
この時、意欲面の診断の行動指標によって、R2と診断するか、R1と診断するかになりますが、それはリーダーの主観です。行動指標によってはR2と診断できるかもしれません。例として、DVDビデオ映像のNO.46、ディヴィットの例を見てみましょう。

ディヴィットは在庫管理レポートを担当していますが、同僚のマーサが言うには、その在庫管理レポートの提出が3日も遅れています。発揮能力は、かなり低いと判断した方がよさそうです。でも、知識や経験は豊富で自分でもやれば出来ると思っている(つまり自信はある)ようです。

行動指標としては「今日はできないね、3時に帰るから」「それがイヤなら君がやれば」と言っているのが確認できます。この行動指標から「自信めいたものを感じている」、または「今日はできないね、と言っているだけで、言外に明日やるさと言っている」ともとれるので、まだ自分の仕事としてとらえているので関心はある。ただ、ここのところ少し動機が下がっているだけ、と診断して、能力低く、意欲はまだ高いR2と診断することもできます。

 このケースで、R4 → R3→ R2をどう整理するかですが。
ディヴィットは、ちょっと前までは一人できちんと期日にレポートを提出していた、R4であった。
が、何かの原因で少しやる気をなくしR3に退行した。
R3でモタモタしているうちに、どんどん仕事振りが落ちてきた。
本人は自覚しているが、いつしか仕事振りの低下を、強がり、空元気でごまかそうとするようになった。

「うるさいな、やればできるんだから」とふるまおうとするかもしれません。例えば「今日はできないね…」を「今日は3時に帰るからできないけど、大丈夫さ!明日にでもやるさ」という発言だったら意欲が高いと診断するかもしれません。R3の次にR2が来るという考えよりも、仕事振りの低下にどう対応するかが重要です。
ディヴィットのケースでの自信めいた発言は、成長サイクルの発言とは異なるかもしれません。P.ハーシィが言うように、退行サイクルでは成長サイクルのR2のような意欲の高さはあまり見られないと考えた方が、リーダーにとっては無難でしょう。

 なぜなら、レディネスの診断の目的は、「仕事振りの改善のためにどんなリーダー行動をとるか」にあります。同じスタイル、例えばS3、S2でも、成長サイクルと退行サイクルでは、その具体的な行動は異なります。

 私達は、学者ではなく実務家であり、P.ハーシィもそれを望んでいます。つまり退行サイクルの現象を科学的に証明することより、現実の職場で起こる仕事振りの低下に、いかに対応するかに関心を持つべきだと思います。

 そこで、S.L.の解説の場では、仕事振りの退行にできるだけ早く気づくことが大事であり、R4からR3に退行したと思ったらタイムリーに対応することが大事であり、放っておくとR1まで低下し、仕事振りの改善に相当のエネルギーが必要になると説明しています。

 現実的には、R3への対応でS3をとっている過程で、指示的行動の程度を高めなければいけないこともあるかもしれません。つまりS2をとることです。その時、一時的にフォロアーのレディネスがR2になり、もう一度、R2からR3へのレベルアップがはかられることもあるかもしれません。

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補足説明:

 レディネスの退行への対応目的は、仕事振りの悪化を元に戻すことです。そうした意味から、着目すべきは発揮スキルと言えます。意欲面は、その影響の要素になりますが、リーダーが注目すべきは仕事振りそのものです。

 R4からR3への状況では、フォロアーは、まだ自分で仕事を遂行するだけの能力面の高さはあると診断できるので、主に仕事振りの低下に影響を及ぼしている意欲面に働きかけ、低下した動機を高めることで、仕事振りを元に戻せるという考え方です。

しかし、それだけでは不十分と診断されれば、その過程で能力面への働きかけも強化しなければならないこともあります。つまり、指示的行動の程度を高めることです。S3とS2の違いは、低指示的か高指示的かです。高協労、低指示的のS3で対応し始め、その過程で指示的行動を高めることになります。つまり、S3からS2へとスタイルを変化させることになります。意欲面へも働きかけながら、能力面へも働きかけるスタイル(S2)が適合していれば、その時点でフォロアーは自信を取り戻し、やる気も出てくるでしょう。つまり、低能力、高意欲のR2と診断することができます。