2007年9月1日土曜日

能力・意欲の相互影響システムの仕組みに関する考察

S.L.主任研究員 桃井 庸介

【目的】
状況対応リーダーシップ®モデル(以下S.L.モデル)におけるレディネスの要素である「能力と意欲」は相互に影響しあうシステムと言われるが、その影響のメカニズムはどうなっているのだろうか。どのように影響しあうのだろうか、またその影響のし方は一律ではなく、人によって、その影響の度合いは「まちまち」である。どう影響し合っているのか、また「まちまち」とはどういうことなのかという疑問に答えることを目的に、能力と意欲の影響のメカニズムを考察する。

【意欲が能力に影響することについて】
意欲と能力が影響しあうことについて、多くのS.L.研修の場では、「好きこそものの上手なれ」という補足説明で参加者の理解は得られる。好きなことはやっていて楽しいし、好きな食べ物は強制されなくても自ら進んで食べる。また、食べ方も自分で工夫し、さらにおいしく食べようとしたりする。一方、嫌いなもの(食べる意欲の湧かない、人によっては、それを食べることが懲罰と感じるようなもの)を食べることには積極的にならない、見るのも嫌だと言う人もいる。その結果、その食べ物を食べようとしない(その課題に取り組もうとしない、あるいはいやいや取り組む)ので、いつまで経っても、それを食べられるようにはならない(つまり食べる能力は身につかない)。意欲が能力に影響することはこうした日常の現象からも容易に想像がつく。

S.L.モデルにおけるレディネスの能力の要素は、仕事や課題、作業についての知識、経験、技能(現に示しているスキル、取り組み方)である。食べるという課題であれば対象となる食物や、その食べ方に関する知識、経験、食べる技能(食べる行為そのもの、食べ方の上手、下手)となる。それらは行動や行為の結果として認識される。

人により取り組み方の違いはあるが、その課題に取り組むことで、程度の差はあるものの経験は積まれ、知識も蓄積される。技能とは現に行動している状態であり、どんなふうにやっているか、うまくやれているかどうかである。食べ物の例で言えば、何かのゲームでもない限り、食べている状況を観察すれば、その食べ物を喜んで、おいしそうに食べているかどうかを確認できる。つまり、やる気をもってその行動をとっているかどうかが分る。食べようとしていなければ、その原因はすぐに分らないまでも、食べたくなさそうだということが推測できる。さらに、その食べ方が上手かどうかも観察により明確になる。つまり、現に観察できる行動、行為から、対象のその課題に対する自信や関心、動機の度合いを診断することは可能である。

経験は、そもそもその課題に関する行動が起こらなければ蓄積できない。知識についてはそのものの行動をとらなくても、本や人から教えてもらうことや、他の人がやっているのを見ることで概念的な知識は得ることが出来る。ただ、それについても、覚えようという気持、興味がなければ読んだり、見たり聞いたりといった行動はとらないだろう。したがって、知識も蓄積はされない。逆に、その食べものが大好物であれば、食べたくなるし、よりおいしく食べさせてくれる店を探したり、自分でおいしい食べ方を工夫するだろう。その結果、その食べ物を食べることの経験は自然と豊富になり、その食材に関する知識や食べ方の知識も増えてくる。そして、何より、食べている姿はとてもうれしそうで、満足し、夢中で食べていて、その食べ方も上手である。(たとえば、魚好きな人が焼魚をきれいに食べるように)。

こうした例から、レディネスの要素の1つである意欲(自信、関心、動機)が行動を呼び起こし、その結果としてもう1つの要素である能力(知識、経験、技能)に影響することは容易に理解出来る。もちろん、人によって興味、関心の度合いは異なるし、行動への反映の程度も異なる。

【意欲と行動の関係について】
意欲と行動について、ハーシィは行動科学の展開の中で、クルト・レビンのB=f(P,E)の関数を使って説明している。Bは、個人の行動を表し、fは関数である。Pは人間であり、そしてEは環境である。ハーシィはこのEをS(状況)に変え、B=f(P, S)として状況と個人の内面が行動を決めるという関係を示そうとしている。ハーシィは、K.レビンの関係式について次のように説明している。(行動科学の展開-新版 p24)「B(行動)が、人間の内側の何ものか(P)と人間の「外側」の状況中のなにものか(S)の両方に原因することを示している。人間の内側のなにものかとは、動機、ないしニーズのことであり、個人の態度―個人の物事に対する感じ方に反映された人格や個人の行動傾向―として表される。PとSは、独立するものではなく、依存し合っている。人間は置かれた状況に影響され、状況は人間に影響される」。

Pが個人の態度であるということは、同じ状況でも異なる行動になることが考えられ、すなわち、意欲の行動への影響の度合いが人によってまちまちであることを示しているとも言える。つまり、その時の状況と個人の内面の関係の程度で、その結果としての行動の様子も変わる。何か、外からの刺激で自信を感じたりすることもあるが、同じ刺激でも自信にはつながらないこともある。たとえば、「お、いいじゃないか!」の一言で自信を持てる人もいれば、それだけでは自信を持てない人もいる。また、同じことが出来ても自信を持つ人と持てない人がいる。と言うように行動への影響はまちまちであるとしても、外界からの刺激を受けた意欲が行動に影響すること、つまり意欲が能力(行動の結果)に影響することは、このK.レビンの式から説明できる。

同じ刺激でも行動がまちまちになることについて、中尾弘之は「快の行動科学」の序論で、行動の枠組みにおける情報の流れを以下のように図示し、情報が行動に変換する過程を説明している。

情報→認識→動因→価値観→行動

中尾は、「人は刺激を認識し、動因が発生するが、そのまま行動に移るのではなく、その前の段階で、周囲の状況に合うような適当な行動を選択する過程がある。このときの選択の基準になるのが価値観である」と解説している。価値観は人それぞれである。価値観が違えば、選択される行動も違ってくる。意欲が行動に影響はするものの、その影響の程度は人によって異なることの説明と言えるだろう。

【能力が意欲へ影響することについて】
次に、能力が意欲に影響することを考えてみよう。研修の場では、「能力が上がれば、『私にも出来そうだ。やれば出来るかもしれない。もっとやってみよう』という気持になる」という解説や、「ちょっとした失敗から、いままで出来ていたことに自信をなくしてしまうこともある」という解説で、大方の参加者には、能力の上下が自信、関心、動機に影響することを感覚的に理解してもらえる。

特定課題の知識、経験、技能が意欲、つまり、自信や関心、動機にどう影響するのだろうか。知識や経験は、そのものが意欲に影響すると考えるよりも、それらがもたらす何らかの結果、状況の変化が意欲に影響を及ぼすと考えた方がよさそうである。たとえば、食べたことの無い食べ物を食べてみた(経験した)ら、まずかった(この食べ物はまずいという知識を得た)ので、もう食べたくない(マイナス動機)と思う。

そして、その思いは将来の行動に影響し(その食べ物を決して食べようとしなくなり)、結果として能力に影響する(知識、経験は増えず、食べられない)と説明できる。また、前出の好きな食べ物について能力が向上する例では、自ら進んで食べ、おいしい店を探し、食べ方を自分で工夫するようになる状況を考えたが、食べ方をいろいろ工夫したり、店を探すようになる過程で、何が対象者に起こっていたのかを説明することで、能力が意欲に影響することのメカニズムの解明につながる。たとえば、ある食べ物を食べて、おいしかった。その話を誰かにしたところ、「もっとおいしい店があるよ」と言われ、その店に行きたくなった(動機づけられた)。そこで、その店に行ってみた。言われたとおりおいしかった(知識、経験の蓄積)。それを他の人に話したところ、今度は「〇〇さんは、おいしいお店をよく知っていますね。すごいね」と言われた。すると、それに気を良くして(自信づけられ)、さらにおいしいお店を探すという行動が促進されるというように、1つの行動により起こった結果(状況の変化 S)が人間の内面(P)(意欲)に影響し、さらにその行動を促進させ、経験や知識が蓄積され、そのことに自信や関心を持ち、動機づけられると考えれば、能力が意欲に影響するメカニズムもK.レビンの式で説明できる。

K.レビンの式を連続的に展開することで、能力(行動の結果)と意欲の関係は以下のように整理することもできる。ある刺激(S)と人の内面(P)の作用から行動が決まり、その行動の結果、新たな刺激(S)が出現し、それにより人の内面(P)が影響を受け、新たな行動が生まれる。K.レビンの関係式が、その式のSの中にあると考えてもいいかもしれない。さらに、その式のSの中にまた、B=f(P, S)があるという関係である。

【状況、人間、行動、行為(成果)の因果関係】
ノーマン.R.F.メイヤーは、状況、人間、行動、行為という要素を因果関係モデルにはめ込み、次のように記している。(行動科学の展開-新版 p26)

S←→O→R→A

上記モデル図において、Sは状況、または刺激、Oは人間、または個体、Rは行動、Aは行為、または成果を意味する。メイヤーは、このモデル図を次のように解説している。

「行動を説明するには、S(状況)とO(人間)の説明を省くことは出来ない。これら2つの要素の相互作用が行動を引き起こすので、これらについての説明が先行せざるをえないのである。ちなみに、この相互作用の心理的産物をパーセプション(認識、または受け止め方)と呼んでいる。さて、相互作用の結果としての行動(R)は、個体とそれを取り巻く世界との関係に変化をもたらす。この行動を通じて達成された変化が成果(A)である。成果には望ましいものもあれば、望ましくないものもある。どちらであっても、成果は状況(または、刺激)に変化をもたらし、他の人たちにも影響を及ぼすのである。」(行動科学の展開-新版 p27)
メイヤーのS←→O→R→Aもまた、S←→O→R→A→S←→O→R→Aと連続する。また、S←→O→RがK.レビンのB=f(P, S)に当たると考えられる。S.L.モデルは、成果が良い刺激となって行動を継続するなり、新しい行動を生み出し、それにより望ましい成果が出るように、メイヤーのモデルやK.レビンのB=f(P, S)のシステムを動かすことを目指していると言える。

【能力と意欲の影響システムにおけるキャタリスト(媒介者)】
S.L.モデルにおいて、能力が意欲に影響するシステムを動かす媒介変数として考えられるのがリーダー行動(影響行動)である。ちなみにリーダー行動とは、いわゆるリーダーの行動だけに限らず、当事者の周りにいる他者の反応(必ずしも直接自分に向けられた行動ではないものも含む)や自分自身の行動さえ対象となる。キャタリストとして他人の行動に影響を与えることは、対象となる人が取った行動を受けて、ある行動をとることで、その対象者の意欲に働きかけ、結果として対象者の行動に影響を及ぼすものなので、影響行動と呼んだ方がしっくりくる。現に、CLS社では、最近リーダー行動を影響行動と呼び始めている。

能力が意欲に影響するには、行動の結果(状況の変化)が大きく関与していると考えられる。行動の後の環境変化によって生起頻度が変化する学習性の行動(オペラント行動)について、ソーンダイクは、「個体は、その行動の結果起こる状況の変化が、自分にとって好ましい状況であれば、その行動を継続する」と説明している。また、スキナーは、その環境変化がその個体にとって好ましい状況かどうかは決めつけられないことから、「その環境変化によって、行動が増加、継続すれば、その環境変化は個体にとって好ましい環境変化と考える方が無理がない」と発想を転換させた。いずれにしても、出現した環境変化が固体にとって好ましい状況であれば行動が増加するという考えには変わりはない。このように、行動の後に続く環境変化によりその行動を増加させることを強化とよび、好ましい環境の出現により行動が増加することを「正の強化」という。

レディネスの能力と意欲の関係を当てはめれば、フォロアーの行動(その結果得られた知識、経験)に対して、他の人の反応が、当該フォロアーにとって好ましいものであれば、その行動を継続する可能性が高まる。フォロアーの能力(行動の結果として知識、経験、現に示しているスキル、行為)に対してとるリーダーの行動やフォロアーを取り巻く人たちの反応など(環境の変化)がフォロアーの当該行動を強化(または弱化)するという考え方である。S.L.モデルでは、特に成長サイクルでこの「正の強化」が欠かせない。それは、意欲向上→能力向上→意欲向上→能力向上の関係をまわすことであり、K.レビンの式とメイヤーの因果連鎖図の実践に他ならない。能力が意欲に影響するメカニズムの中で、リーダーのとる正の強化が知識や経験、技能を意欲に影響させ、その行動を継続させることを可能にする。「お、いいじゃないか」や「〇〇さんは、おいしいお店をよく知っていますね。すごいね」、の一言で知識や経験が意味を持つようになり、意欲(自信、関心、動機)に影響を及ぼす。能力(行動)の結果について、正の強化(当人にとって好ましい状況の出現によりその行動を強化すること)で、その行動に自信をもったり、その行動を続けることが楽しくなったりする、つまり意欲に影響を及ぼすことになる。

ハーシィは、こうした仕組みの中で、人の行動をとらえ、正の強化になるような行動をとることをS.L.モデルで提唱している。もちろん、ハーシィも言っているように、唯一最良の行動はない。相手の行動を強化したいと思ったら、いろいろ試してみる以外にない。強化につながると思う行動、たとえば「お、いいじゃないか」の一言を試すことを繰り返すうちに精度も上がってくるはずである。



<参考文献>
行動科学の展開-新版 P.ハーシィ他著 山本成二 山本あづさ訳 生産性出版
状況対応リーダーシップ® ― 人を動かす技能と考え方 山本成二監修 CLS双書
行動の基礎 小野浩一著 倍風館
快の行動科学 中尾弘之 田代信雄著 朝倉書店

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